トップ活動を知る活動報告

1 / 3123

ウズベキスタン―遠くて近い国―への訪問記

 

去る9月下旬に藤田理事長と筆者がウズベキスタンの首都タシュケントで開催されたICT INFOCOM 2014に出席し、またその機会にBHN人材育成プログラムの過去の参加研修員と様々な形で懇談してきましたので、これらを中心にご報告します。
 
今回の訪問は、9月7日にICT INFOCOM実行委員会から藤田理事長宛の招待状を受領、その中で、Int’l ICT SummitでBHNがプレゼンテーションをする事を要請してきたことがきっかけです。
 
ウズベキスタンとBHNとの関係は、1997年のアラル海の塩害対策調査が始まりですが、1998年に開始したBHN人材育成プロゴラムの第1回目に、同国から2名の研修員の参加を得たことが具体的な関係の端緒であり、本年7月に終了した第16回研修までの同国からの累計研修員は15名となっています。
 
その中の第1回のウズベキスタン研修員2名のうちの1人が、ウズベキスタン情報・通信技術国家委員会の委員長(日本的には、情報・通信技術大臣)に昇進したミルザヒドフ氏で、今回の招待状の発信元である実行委員会は、情報・通信技術国家委員会の管轄下にあることから、招待状はミルザヒドフ委員長の意向を受けたものとして、藤田理事長が出席することになり、現在人材育成を担当している筆者が随行することになりました。
 
先ず、ICT INFOCOMは9月23日に国際ビジネスセンターで開催され、午前中の開会式において、ミルザヒドフ委員長の歓迎挨拶の冒頭、3名の特別ゲストの2番目に日本からのBHN藤田理事長が紹介された事は、驚きかつ大変嬉しい事でした。
 
同委員長のお話の中では、同国発展のためにはICTが重要要素であるので今後国を挙げて力を入れていく方針が表明され、またE-ガバメント他のICT分野での韓国やエストニアとの長年の協力関係も紹介していました。

 

 
 
その後のセッションで、藤田理事長が「The Importance of Human Resource Development for the ICT Entities」というタイトルでプレゼンテーションを行い、人材育成ほかのBHN活動全般の紹介やNTTグループ等の通信会社の事業展開・展望等の紹介をしました。
 
今回は、地元のTV・新聞等から取材を受け、翌日それを見た人達から藤田理事長は沢山声をかけられていました。尚、他のセッションでは、日本のH社ロシア現法の現地マネージャーがプレゼンしましたが、日本からの参加はBHNだけでした。

 

 

 

翌日の国際展示場におけるICT Expoの開会式の挨拶で、再度ミルザヒドフ委員長から冒頭でBHN藤田理事長が紹介され、BHNの存在がクローズアップされました。会場では、韓国、ロシア、中国等の外国企業のブースが目立ちましたが、日本のN社もブースを出していました。
 
24日午後には、人材育成の過去の参加研修員との懇談会やミルザヒドフ委員長への表敬訪問があり、この日までにICT Expo会場ほかの機会を含め15名中10名の研修員と面談することが出来ました。
 
研修員懇談会には、ブハラ市から6時間以上かけて馳せ参じた第5期生を含む第1期生から第16期生までの6名が、彼らが特別手配した通信歴史博物館の会議室に参集、日本での思い出話や研修によってその後の人生にどのような効果があったが、等々尽きぬ話が閉館時間まで続きました。
 
こちらからは、記念品としてBHNロゴ入りポロシャツをお渡しして大変喜ばれました。
 
 

 

その後、一旦は超多忙な為に流れたミルザヒドフ委員長への表敬訪問が、委員長自身の強い意向と彼のスタッフとして活躍している2人の元研修員の尽力により急遽実現することが出来ました。
 
訪問した会議室で、ご昇進祝いの日本酒とBHNのポロシャツをお渡しし、懇談しました。
 
今回BHNが参加したことを大変喜んでおられ、また持参したBHN10周年誌の98年当時の写真に相好を崩し、日本での思い出話が出る一方、日本とのビジネス関係をもっと強化したいとの強い意向表明があり、現在事業進行中という日本の2社の名前も挙げていました。
 
 

 

その他、加藤文彦全権大使との夕食懇談会やJICA事務所訪問、ウズベキスタン商工会議所会頭との面談等を行い、わずかな時間に現地の貴重な情報を得ることが出来ました。
 
帰国前日には、今回の滞在中に全面的にお世話になったウズベクテレコム社の計らいで、比較的最近利用可能となったタシュケント―サマルカンド間の特急列車(スペイン製)に乗って、シルクロード・ファン垂涎の都市サマルカンドを訪問し、数々の素晴らしい史跡や遺跡を見学することが出来ました。
 
我々2人とも腹の具合が最悪の体調でしたが、同社現地のトップの心のこもった歓迎も受け、大変思い出に残る一日でした。但し、帰路のサマルカンド駅で発車5分前にホームに入ったにもかかわらず、既に車両のドアが閉まっていて、どう頼んでも受け付けられず乗車を断念し、結局かろうじて見つけた最終列車の空席を確保してタシュケントにたどり着いたのですが、何とも旧ソ連時代の名残を感じさせられた一コマでした。
 
 

 

ウズベキスタンは距離的には遠い国ですが、第二次世界大戦後にシベリアから同国に移送された日本人抑留者の生活態度や彼らが携わった建築・建設事業の成果の正確さやその堅牢さ(ナヴォイ劇場や運河等)が、現大統領はじめ多くのウズベクの人々によって日本人の素晴らしさとして今も語り継がれ、良い印象を持っていただいており、更にBHNにとっては素晴らしい15人の仲間がそれぞれの職場で活躍し日本へ熱い思いを持っていてくれる
 
いかウズベキスタン滞在中は日本人という事で何処でも温かく迎えられ、思いがけず、2つの国が心情的に大変近いことを実感させられた今回のウズベキスタン訪問でした。
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

古野間 計久(理事)

1 / 3123