【光の春】北上川と石巻市

2022年2月24日(木)10:36

 

 

BHN宮城事務所 丹野 あきゑさんからの現地レポートをお届けします。

2011年3月11日発災した東日本大震災からまもなく11年目をむかえる石巻市は、宮城県の北東部に位置し、宮城県第2の人口 (138,538人、令和4年2月2日現在)を擁しています。

「石巻」の地名の由来は諸説ありますが、安永2年(1773年)の石巻村安永風土記によれば、住吉大明神社前の北上川に「石巻石・石巻渕」があったことを縁にしていると記述されています。

 

「石巻石」と「石巻渕」(2022年2月14日撮影)

 

北上川は岩手県北部に発し石巻市に注ぐ、延長249Km (日本で長さ4番目)の河川です。昔は、大雨が降るたびに洪水がおこっていたので、仙台平野北部は米作りには適さない土地でした。

 

日和山公園から見る北上川(2022年2月15日撮影)

 

そこで、初代仙台藩主・伊達政宗公は、北上川の水害を防止するため、「川村孫兵衛重吉(かわむらまごべえしげよし)」(長州出身、毛利氏に仕えるが関ヶ原合戦のあと浪人となるも、政宗に才能を見出され家臣となった)に北上川改修工事を命じました。

 

日和山公園内にある川村孫兵衛重吉翁の銅像
(2022年2月15日撮影)

 

孫兵衛重吉は北上川改修工事と同時に石巻築港工事も行い、水上交通の整備に努めました。治水で石巻を救った「川村孫兵衛重吉翁」に対する報恩感謝の祭りとして1916年に始められた「石巻川開き祭(いしのまきかわびらきまつり)」は、川の恵みに感謝すると共に、ご先祖様供養として続いています。

石巻川開き祭のメインは、夜の流燈と花火大会ですが、昼は七夕や大漁おどりで盛り上がっていました。昭和50年から孫兵衛船競漕が始まり、更に平成5年からは、女子チームだけで参戦できるミニ孫兵衛船競漕も開催されてきました。昼の部メインとして定着してきた孫兵衛船競漕ですが、東日本大震災の巨大津波により艇庫が被災、格納していた孫兵衛船が使用不能となりました。

復活を模索していたところ、山口県萩・東萩ロータリークラブや広島県広島ロータリークラブの支援を得て、孫兵衛船6隻、ミニ孫兵衛船4隻を建造し、平成26年より川開き祭を復活できました。しかし、新型コロナウイルス感染症拡大のため一昨年、昨年と中止になりました。

今回の現地レポートの執筆を通じ、改めて北上川に想いを寄せ、今夏こそは、コロナが収束して以前のような「石巻川開き祭」が開催されることを願っています。

 

BHN宮城事務所 丹野 あきゑ

 

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