「復興のその先へ ― お茶っこパソコン教室が残したもの」
2026年4月3日(金)10:57
BHN宮城事務所 阿部 真司さんからの現地レポートをお届けします。
2011年、宮城県南三陸町志津川の街は、あの日を境に大きく姿を変えました。かつて人々の暮らしが息づいていた志津川の風景は失われ、復旧と再生の長い道のりが始まりました。それから15年。街並みは変わり、当時の面影を探すのは難しくなりましたが、「復興」という一つの区切りを迎えた今、ようやく前を向けるようになったと感じています。
震災直後、私たちは何ができるのかを模索し続けていました。その中で関わることになったのが、BHNテレコム支援協議会の活動です。初代BHN宮城事務所所長として、被災した沿岸部を巡りながら「お茶っこパソコン教室」を立ち上げました。
この教室は、単にパソコンの使い方を教える場ではありませんでした。仮設住宅や地域の集会所に人が集まり、お茶を飲みながら、少しずつ言葉を交わす...。震災によって分断されかけた人と人とのつながりを、もう一度取り戻すための小さなきっかけづくりでした。
「久しぶりに誰かとゆっくり話した」
「外に出る理由ができた」
そんな声を聞くたびに、この活動の意味を実感していました。
しかしこのたび、15年間拠点としてきたBHN宮城事務所は、2026年3月末をもって「待機」することが決まりました。突然の終わりではなく、復興が一つの節目を迎えたからこその決断です。支援が必要とされるフェーズから、地域が自ら歩んでいくフェーズへ――その移行を感じています。
振り返れば、決して平坦な道のりではありませんでした。何が本当に必要とされているのかを問い続け、試行錯誤を重ねながら、目の前の一人ひとりに向き合ってきた日々でした。その中で強く感じたのは、「復興」とは単にインフラや建物が整うことではありません。人の心が少しずつ回復し、日常を取り戻していく過程そのものだと、現場で教えられました。そしてその過程には、「人と人がつながる場」が不可欠です。
現在、日本各地で自然災害が頻発しています。地震や豪雨、台風等、 どの地域も決して他人事ではありません。そして、これからも新たな災害が起きる可能性は高いと言われています。だからこそ、私たちが被災地で積み重ねてきた経験には、次に活かすべき価値があります。
・被災直後に必要とされる支援の形
・時間の経過とともに変化するニーズ
・人のつながりを再生するための具体的な手法
「お茶っこパソコン教室」のような取り組みは、どの地域でも応用可能なモデルの一つです。特別な設備や大きな資金がなくても、人が集まり、会話が生まれる場をつくることはできます。そしてそれが、地域再生の第一歩になります。
BHN宮城事務所は「待機」となりますが、ここで生まれたつながりや想いが消えることはありません。この15年の歩みは、確かに地域の中に根付き、これからもそれぞれの場所で息づいていくはずです。
15年という時間は、決して短くはありません。しかし、その時間の中で得た学びは、これからの日本にとって重要な資産です。被災地での経験を“過去の出来事”で終わらせるのではなく、“未来への備え”として活かしていくこと。
それが、あの日を経験した私たちの役割なのだと感じています。
阿部 真司
