南極とはどんなところ?

2013年12月6日(金)16:40   イベント、その他

 

~飯舘仮設小学校の子供たちと昭和基地をテレビ会議システムでむすんで交信~

 

2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故で、福島県飯舘村の全村民が避難生活を余儀されている中、11月27日午後2時、福島県川俣町にある仮設校舎で学ぶ草野小・飯樋小・臼石小の子供たちと現在南極昭和基地で越冬中の第54次南極観測隊の隊員たちが衛星回線とインターネットで結ばれるテレビ会議システムを通じて交信しました。

 

事前の講演と、交信の司会は第45次越冬隊の経験がある朝日新聞の中山由美さんにお願いしました。中山さんの講演ではスライドで映し出されるペンギンのユーモラスな動きに子供たちから一斉に笑いがおきました。南極には何故白夜があり、また太陽が出ない季節があるのかも地球儀を使って説明がありました。隕石探査の様子も動画で紹介されました。世界の南極観測隊が見つけた南極隕石は4万個を超えること、そしてそのうち日本にはアメリカについで1万8千個があることが話されると子供たちは驚いた様子でした。

 

 

 

交信予定時間の2時15分すぎに、中山さんの音頭で子供たちが声を合わせて「昭和基地のみなさーん」と呼びかけましたが、最初は応答がありませんでした。2回目の子供たちの呼びかけが終わると同時に「いいたてっ子のみなさーん、こんにちわー」と橋田隊長の姿が画面に映し出されると会場にどよめきが起きました。

 

 

橋田隊長の背に見える「昭和基地」の看板からカメラは左に移動しながら後ろに見えるオングル海峡、そしてその向こうに見える南極大陸を映し出しますが、あいにくの曇り空のため大陸の氷と空の境界がよくわかりませんでした。

 

「今日はあたたかく気温はマイナス4℃、一日中太陽が沈まない白夜の季節になった」との説明のあと、橋田隊長はマイクを持ちながら基地の中を案内して歩きました。基地で出たゴミの持ち帰り用のドラム缶、海岸に並べられた雪上車の説明のあといよいよ基地の中に入り、娯楽室、バー&喫茶室、そして最後に全員が集う食堂に到着しました。

 

橋田隊長によると今回のテレビ会議には、企画、カメラ、出演などでほとんど基地の全員が参加したそうです。中山さんも今までの経験でもこんなに大勢の隊員が参加したテレビ会議の南極教室はなかったというほど盛況でした。

 

食堂に設けられたコーナーで、お医者さんとして越冬隊に参加している生物に詳しい大江隊員から子供たちにクイズが出題されました。「ペンギンの足のうらは何色?」という問題です。ペンギンがユーモラスに歩く姿や、白いお腹、燕尾服を着たような姿はよく見るだけに想像がつくものの、足のうらについては全く想像がつかなく、難問だったようです。①ピンク、②黒、③白の中から選ぶ三択問題でした。(実際に越冬した経験のある筆者もこれは知りませんでした)①とか③と答えた子供たちが多かったですが、正解は②黒、実際にペンギンが歩いている足裏も画像も出されて皆納得。ペンギンは陸よりも海上で活動する生き物で、泳いでいるときに上向きになる足裏を黒くすることで外敵に見つかりにくくするためのものだということを聞いた子供たちは感心していました。

 

次に質問コーナーに移りました。司会の中山さんに付き添われて子供たちがカメラの前にたちマイクに向かって質問しました。「南極には何種類くらいの生き物がいるのですか」という質問は、草野小学校4年、大河内成美 (おおこうちなるみ)さんからでした。魚だけで120種類以上もいるとの大江隊員からの答えに、「ペンギンは知っていたけどそんなに多くの生き物がいることは知らなかった」と驚いていました。

 

草野小学校5年の細杉利樹(ほそすぎとしき)君から「南極で一番危険なことはなんですか」という質問がありました。ブリザードだという答えがあり、昭和基地を襲う風速50メートルを超すブリザードの様子のビデオが画面に映し出されました。

 

そのほか、臼石小学校4年、千葉萌香(ちばもえか)さんの「何故南極観測隊に入ったのですか」は、いわき市出身の仲田隊員が「子供のころからの夢でした」「観測隊に行ける部門の仕事を選んだ」などと答えました。また「南極に行ってどんなことが良かったですか」の質問には女性隊員も含め数名の隊員が答えていました。千葉萌香さんは自分も南極観測隊員になりたいと思ったそうです。

 

 

そしていよいよ終わりの時間になり、橋田隊長から「いいたてっ子のみなさん、今日は、南極の自然や観測隊の仕事について質問したり、一生懸命聞いてくれて、ありがとう!私たちは、今日の事、みなさんの事を決して忘れません。」とあいさつがあり、会場からも子供たちが声を揃えて「越冬隊のみなさん、ありがとうございました。また会いましょう」とあいさつをし、越冬隊員からも食堂にいる全員で「また日本で会いましょう。さようなら」とあいさつをし、テレビ電話で結んだ南極教室を終わりました。

 

今回の飯舘村仮設小学校の子供たちは草野小・飯樋小・臼石小の4年生、5年生、6年生の子供たち123人でした。今回の昭和基地とテレビ会議システムで結ぶ南極教室は、飯舘村教育委員会、飯舘村仮設小学校(飯樋小学校、草野小学校、臼石小学校)、朝日新聞と中山由美記者、国立極地研究所、それに何と言っても第54次南極観測隊の皆様の絶大な協力により実現したものです。

 

 

 

 

BHN参与 横野 孝司

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